2023年3月10日金曜日

3/10 海士町、隠岐の島町

 朝一のフェリーで海士町に向かいます。

このフェリーは3つの島間のみの運航しています。
10分で海士町に着きました。明屋海岸のハ-ト岩です。
ハ-ト?チョット苦しい。
海士町は後鳥羽上皇に関わるものが沢山あります。

奉納相撲も盛んなので神社には立派な土俵もあります。
木路ヶ崎灯台です。
よ見ると手作り感満載です。
当然、道路に牛君もいます。
          
フェリーで隠岐の島町に行きます。
フェリーが方向返還するときの海です。
海がどんだけきれいかわかります。
途中、三郎岩がよく見えました。
隠岐の島に到着、白鳥埼に向かいます。
かぶら杉です。

35年前も来ていました。
若干成長しているのがわかります。
乳房杉(ちちすぎ)です。垂れ下がっているのは根です。
隠岐にはもう一本すごい杉があり、明日のお楽しみです。
本日、隠岐の島町泊です。




2023年3月9日木曜日

3/9 西ノ島

 ホテルの朝ごはんです。海鮮丼も作れます。

ホテルの横は境港駅で鬼太郎のオブジェが沢山ありました。
フェリー乗り場の七類港に向かいます。よく泊まった松屋の前を通ります。
今は昼時の食堂のみの営業で以前のような宿泊はできません。
七類港から西ノ島にフェリーに乗船します。
2時間30分で西ノ島に到着しました。下船の時、車両甲板に行くと牛の臭いがします。
「モ~」と鳴き声も聞こえます。子牛がいました。
隠岐は放牧が盛んな所なのです。

上陸後、由良姫神社に行きました。
すぐ前がイカ寄せの浜です。
魔天崖に行きます。

国賀海岸でローソク岩をタッチしてみます。
          
赤尾展望所です。
35年前の写真です。
GB250が大活躍の時でした。
牛や馬が放牧されています。

むかしは柵がありませんでした。
16時ホテル着。









2023年3月8日水曜日

3/8 境港

 鳥取の境港に向かいます。忙しい中時間を作りPと隠岐への旅行です。

大山は雪化粧でした。

SAにも雪が残っていました。
このヨーグルトうまし。


14時境港着、時間があるので美保関の美保神社に行きます。

ここは恵比寿様の総本山だそうです。
境港に戻り懐かしい場所に向かいます。
2012と2016にこのタ-ミナルからフェリーに乗りロシアのウラジオストク
に行きました。現在は日韓問題で3年前から運行されていません。
ドアには当時の運航会社の名前がありました。
今後もロシアの戦争の影響で再開される可能性はないと思います。
いける時に行って本当に良かったと思います。

境港といえばこれです。
この土産物店の隣の回転寿司で早めの夕食です。
港近くの回転寿司はハズレが少ない。3日後の夕食もここに決定。




2023年3月5日日曜日

3/5 かねに

朝ツーです。

気温は7℃だったので問題なかったのですが、帰りには雨がポツポツ降り

出しました。

3日はメグロをオランダに送る為に横浜の港まで運びました。

トラックだったのでPも同乗です。場所が分かりにくく迷いました。

港の倉庫エリアなので道は一般道ではありません。ナビには港湾内の道は

登録されてはいないのです。到着したときには数人の参加者がいました。

船会社の担当者が2名来ており、車台Noの確認と積載物の確認をしていました。

パニアケースの中には工具を入れていましたが、これもダメと言います。

輸出入は素人では無いアピールをして何とかクリアーしました。

けっこうガンガン言ったのですが最後に担当の女性の方が
「榛葉さんの事を知っています」と言いました。自分は心当たりはありません。
聞いてみると5年前にサイドバイクをアメリカに送った時に担当してくれた方でした。
さっきまでとんがっていた喋り方はどこへやら、旅の顛末をお伝えしました。

トラックです。ドアーのステッカーが劣化した来ました。

このステッカーはM君が作ってくれたものです。新しいものに張り替えました。
Watsonianも張り替えました。
これで10年は大丈夫です。

昨日事務机の整理をPとすると懐かしい名刺が出てきました。
海外で頂いたものがほとんどです。
こんな名刺もありました。

2012年地球一周の旅の時に、事件現場を教えてもらいに行ったときに
もらったものです。海外で日本の領事館に行ったのはこの時だけです。
貴重な体験でした。

こんな名刺も出てきました。Pの名刺です。
Pの肩書を見てください。PはCOROFIの初代社長なのです。
この時自分はサラリーマンだったのですが、既に海外サイドカーメーカーの
日本総代理店になっていたのです。その為にPが社長になったのです。
この名刺エンボス加工がしてあります。
屋号で「かねに」と読みます。この屋号は親父がやっていた材木店の
ものでした。この時は現在の様な事業展開は想像すらなく、自分はサラリーマンで
片手間にサイドカーの仕事と思っていたので、この名刺の屋号はノリで
やったものですが、親父は喜んでいました。

仕事です。GL1500の始動装置のダイオードの交換です。
サイドバックを取らないと交換できません。時間がかかります。